「教養文化講座」

漢詩で旅する中国の名山

講演内容

中国の名山「 廬山」(ろざん) は、多くの詩人が詩を詠んだ場所として知られています。
日本でもよく知られている、
清少納言 の『枕草子』に登場する「香炉峰の雪」(こうろほう)で知られる文化的な名所です。

私は中国江西省の大学で日本語を教えながら、4年間この地に滞在しました。
講演ではその体験をもとに、中国の歴史や文学の舞台となった場所を写真とともに紹介します。

廬山周辺には

  • 李白
  • 杜甫
  • 白居易(白楽天)

などの詩人が詩を詠んだ風景が今も残されています。

講演では

  • 現地で撮影した写真
  • 白楽天などの有名な漢詩のわかりやすい解説
  • 中国語による簡単な漢詩の朗読

などを交えながら、漢詩が生まれた背景や中国文化の魅力を紹介します。

また、自転車での廬山外周一人旅の体験や現地の食文化、人々との交流などのエピソードも交えながら、中国文化を身近に感じていただける内容です。

参加者の皆様が、中国を旅するような気持ちで漢詩の世界を楽しんでいただける教養講座です。


※政治的・宗教的な主張を目的とした講演ではありません。

講師プロフィール
100 年研修パートナーズ 代表 香月 恭弘(かつき・やすひろ)
福岡大学大学院 法学研究科 修了
元・税理士。
第二の人生として中国・江西省の大学で4年間教壇に立ち中国文化と漢詩の世界に触れる。

著書
『うつ病克服体験談』
『わくわくドキドキ 中国滞在記』
(ペンネーム:長生志多郎)

講演実績
2026年 2月 「ゆめさが大学」佐賀県実践過程1組 講義「アバンセ」( 佐賀市)
2026年 2月 「ゆめさが大学」佐賀県実践過程2組 講義「アバンセ」( 佐賀市)
2026年 2月 JA共済連佐賀主催 さが(杵藤) 白石・福富地区 「武雄市」
2025年 11 月 JA共済連佐賀主催 さが(佐城) 佐賀市せいぶ地区 「武雄市」
2025年 11 月 JA共済連佐賀主催 からつ地区 「武雄市」
2025年 11月 佐賀県有明海地区漁協等退職者連絡協議会主催OB会「佐賀市」
2025年 11月 牛津町老人クラブ連合会「小城市」
2025年 10月 JA共済連佐賀主催 さが(佐城)多久地区 「武雄市」
2025年 9月 西国分校区老人クラブ連合会「久留米市」
2025年 9月 JA共済連佐賀主催 さが(杵藤)北鹿島地区 「武雄市」
2025年 8月 久留米市地区環境衛生連合会「久留米市」
2025年 8月 JA共済連佐賀主催 さが(佐城)たすけあい組織、さざんかの会「武雄市」
2025年 7月 JA共済連佐賀主催 伊万里南波多地区「武雄市」
2025年 6月 JA共済連佐賀主催 伊万里有田地区「武雄市」
2025年 6月 JA共済連佐賀主催 さが(杵藤)古枝・七浦地区 「武雄市」
2025年 5 月 JA共済連佐賀主催 伊万里二里地区「武雄市」
2025年 1 月 「 第7回 小城女性学級」「ゆめぷらっと小城」(小城市)
2024 年12月 「 染老人クラブ」「久留米市北野町染公民館」(久留米市)
2024 年10月 「 東彼杵町教育委員会 コスモス大学」「 東彼杵町総合会館」( 東彼杵町)
2024 年9月 「南島原市社会福祉協議会・ながさき生涯現役応援センター共催」就労的活動支援セミナー「社会参加のススメ!!」西有家総合学習センターカムス( 南島原市)
2024 年9月 「神埼市自治公民館連絡協議会 研修セミナー」「神埼市中央公民館」( 神埼市)
2024 年9月 「JAみやざき主催 えびの市 地区本部家の光大会・女性のつどい」「えびの地区本部」( えびの市)
2024 年7月「高齢者教室(生き活き歌舞里)「加布里コミュニティセンター」(前原市)
2024 年6 月「 公益財団法人 佐賀県長寿社会振興財団主催 ゆめさが大学」「佐賀県立生涯学習センター アバンセ」( 佐賀市)
2024 年6 月 「佐賀市中央農業協同組合主催 金融課」「佐賀市中央農協本店」( 佐賀市)
2024年5月 「芦刈プラスワン倶楽部」「芦刈地域交流センター「あしぱる」(小城市)
2024 年4月 [JA北九州主催 女性部総代会」「JA北九州本店」( 北九州市)
2024年1月  [人権市民講座」「小森江東市民センター主催」( 北九州市)
2023 年11月 [JAさが主催 中部地区家の光大会及び女性部フェスタ」「佐賀県立生涯学習センター アバンセ」( 佐賀市)
2023 年5月 [ボランティアヘルパー研修会」「江北町老人福祉センター」( 江北町)
2022 年12月 [男の体操教室」「中島コミュ二ティセンター」( 柳川市)
2022 年9月 [しあわせ学級」 甘木地域センター「フレアス甘木」( 朝倉市甘木)
2022 年9月 [延寿学級」北方公民館( 佐賀県武雄市)
2022年7月 「ふれあい大学」吉野ヶ里町(吉野ヶ里町中央公民館)佐賀県吉野ヶ里町
2022 年5 月 [黒髪大学」山内農村環境改善センター( 佐賀県武雄市)
2022 年4 月 [男Dayセミナー」(あじさか館) 福岡県小郡市
2022年 3月 時津図書館 講演会 長崎県時津町

北波多「未来」まつり、玄海町寿教室、嬉野市かがやき大学、みやき塾,多久町女性学級、小城社会福祉協議会主催(愛の一声訪問員研修会)、篠栗町赤十字老人看護奉仕団(ふれあい会)他。
佐賀県主催「ゆめさが大学」講師(継続)
講演概要
対象
市民講座・文化講座・生涯学習講座・団体講演など

時間
60~120分(ご要望に応じて調整可能)

形式
参加者への問いかけを交えた参加型講演

会場
公民館・市民センター・文化施設・各種団体施設など
100〜200名規模の講演会にも対応可能です。(最大約200名以上の講演実績あり)

謝礼
ご予算に応じてご相談可能

設備
マイク・プロジェクター(必須ではありません)

※急な講師変更の際にもご相談ください。

連絡先
香月 恭弘 電話:070-8364-7378
メール:nagaikikenkoo@gmail.com

講師の詳しいプロフィールや他の演題は下記の香月恭弘の講師サイトへ

👉 (香月恭弘の講師サイト)https://sites.google.com/view/jjinnsei100

以下のような団体の皆さまにおすすめです。

📚 JA共済・協同組合・共済団体の文化講演

組合員向けの健康講演や教養講座として、
養生訓や人生経験、中国文化の話題を交えてお話しします。




📖 旅行文化講座・旅の歴史講演

廬山や香炉峰、漢詩の世界など、
実際の中国滞在体験を交えながら、中国の名所を旅する視点で楽しくお話しします。


🌏日中友好協会・国際交流団体の文化講演

漢詩や中国文化、実際の滞在体験を通して、
中国の歴史や文化の魅力をわかりやすく紹介します。

少人数での開催も歓迎します。お気軽にご相談ください。

レポート『廬山の真面目』

『廬山の静寂とともに生きた日々 』


                         

1. はじめに

 私が中国・江西省の九江市に渡ったのは、今思えば人生の大きな転機でした。

 心の病が癒えた後、「第二の人生として、何か新しいことに挑戦したい」と思うようになり、心身のリハビリを兼ねて中国語の学習を始めました。最初は気軽な趣味のつもりでしたが、若い頃から三国志が好きで、いつか遺跡めぐりをしてみたいという夢もありました。

 そんな折、偶然のご縁から、中国の大学で日本語を教える話が持ち上がりました。正直なところ、中国語はほとんど話せませんでした。しかし、恩師や妻が温かい言葉で背中を押してくれたこともあり、私自身の中で「ここからもう一度、人生を歩き出したい」という思いが強まり、迷うことなく挑戦を決意しました。

 行き先は江西省九江市、当時の私にとっては地図の上のどこにあるのかも分からない、静かな地方都市でした。日中関係は決して良好とは言えず、周囲からは「今行くのは危ない」「無謀だ」と心配されました。
それでも私は、“行かなければ分からない世界がある”という直感を信じました。

 不安よりも、未知の国に踏み出す高揚感のほうが勝っていたのです。

こうして、私は言葉も十分に通じないまま、中国の大地へと足を踏み入れることになりました。
今振り返れば、この一歩こそが、私の人生を豊かにしてくれた“運命の始まり”だったのです。

2. 九江市での暮らしと人々

 中国に到着して間もない頃、私は学生たちと食堂で食事をしていました。まだ中国語もたどたどしく、身振り手振りで会話をつないでいたある日、近くの席にいた別の学生が、流暢な日本語で話しかけてきました。

 「君は日本語学科の学生ではないよね?」と尋ねると、「はい」と笑顔で答えます。驚いて「どうしてそんなに日本語が上手なの?」と聞くと、「日本のアニメで覚えました」と言うのです。まるで東京で暮らしているかのような自然な日本語でした。

 その学生の話によると、内陸部の子どもたちは、親が沿岸都市に出稼ぎに行くことが多く、中学から寮生活を送るケースも少なくないそうです。そのため、テレビやアニメが「家族代わり」になることもあり、一休さんやちびまる子ちゃん、ドラえもんなどの日本アニメが、彼らの心を育ててきたのだと言います。

 私はその話を聞きながら、アニメが国境を越えて人の心をつなぐ力を持っていることを実感しました。文化の交流は、言葉よりも先に“心”で始まるのだと感じた瞬間でした。

 大学の門前には、いつも多くの屋台が並んでいました。小腹が空いた時には、香ばしい匂いに誘われてよく買いに行きました。中でも印象に残っているのが、ドラム缶を加工して焼き釜にした老夫婦の石焼き芋屋さんです。

 こぶし大の焼き芋が一つ、日本円で二十円ほど。三個買うと、おばあさんが笑顔で「一个送你(おまけよ)」と一つ余分に入れてくれます。袋の中には黄金色に輝くふっくらとした芋。ひと口かじると、ほのかな甘みと水分が口いっぱいに広がり、寒い日の身体をやさしく温めてくれました。

 中国の食材の安さにも驚かされました。頭ほどのスイカが百円以下で買え、その甘さは格別です。真ん中を切り、スプーンですくって食べると、まるで子どもの頃に戻ったような幸福感に包まれました。

 九江市での暮らしは、言葉ではなく“人と人のあたたかさ”で成り立っている――そう感じる毎日でした。

3. 廬山の自然と文化 ― 「廬山の真面目」を訪ねて ―

 私が赴任した江西省九江市の近くには、中国でも古来より名高い山「廬山(ろざん)」があります。ある日、同僚の中国人教師が教えてくれました。

 「廬山には有名なことわざがあります。『廬山の真面目(しんめんもく)』という言葉です。」

 初めて聞いた私は「まじめ?」と勘違いしましたが、それは“真の姿”という意味でした。この言葉は北宋の文人・蘇軾(そしょく)の詩「題西林壁」に由来します。

 > 橫看成嶺側成峰 遠近高低各不同

 > 不識廬山真面目 只緣身在此山中

(横から見れば山脈に、側から見れば峰に見える。遠くから見ても近くから見ても、その姿はさまざまだ。廬山の真の姿が見えないのは、私自身がこの山の中にいるからだ。)

 一方向から見ただけでは真実はわからない。立場や角度を変えてこそ、物事の全体像が見えてくる。

この詩を聞いたとき、私は強く心を打たれました。帰国して廬山を語るには、やはり自分の目でその全体を確かめたい。そう思い立ち、自転車で廬山の外周おおよそ100キロを一周する一泊二日の旅を計画しました。

 出発は、まだ夜明け前の午前五時。寮を出て見知らぬ道にペダルを踏み出すと、胸の高鳴りが抑えきれません。食料も限られ、中国語もお世辞にも上手とは言えず、この地方独特の方言がさらに拍車をかけます。まさに「無謀」と言うにふさわしい挑戦でした。

 しかし、走るほどに廬山の姿は刻々と変わり、まさに蘇軾の詩の通りでした。霧に包まれ、また姿を現すその山容は、まるで人の一生を映すようです。

 「不識廬山真面目、只緣身在此山中」――

 この旅の終わりに、私はその詩の意味を、頭ではなく心と体で理解した気がしました。

(イメージ図)

4. 廬山と日本のこころ ― 西本願寺・虎渓之庭に通じるもの ―

 廬山の名を聞くと、多くの中国人は東林寺を思い浮かべるといいます。東林寺は、中国浄土教の祖・慧遠(えおん)大師が開いた寺で、のちに日本の浄土宗・浄土真宗にも大きな影響を与えました。

 つまり、廬山は日本人の“信仰の源流”が静かに息づく場所でもあるのです。

 慧遠大師は「虎渓の橋を渡らない」という誓いを立て、世俗との交わりを絶ちました。

 ところがある日、志を同じくする友人たちと仏法について語り合ううちに、あまりの楽しさに気づけば橋を渡ってしまっていた――その時、山の虎が咆哮し、大師は初めて橋を越えたことに気づいたといいます。

 この故事が、日本では「虎渓三笑(こけいさんしょう)」として知られています。

 京都・西本願寺には、「虎渓之庭(こけいのにわ)」という庭があります。

その名の由来は、中国・江西省の廬山の麓にある絶景「虎渓」を模して造られたことにあります。御影堂の屋根を廬山に見立てた借景の庭園で、書院の前庭としてつくられた枯山水の庭です。石の配置や砂紋の静けさの中に、深い精神性が表現されているといわれています。

廬山の東林寺に流れる霊気と、西本願寺の庭に漂う静寂

その二つは、千年の時を隔てながらも、不思議な調和を感じさせます。

中国での四年間は、まるで“虎渓の橋”を渡るような、静かで奥深い体験でした。

言葉も文化も違うはずなのに、学生や同僚と交わす笑顔の中に、

言語では説明できない不思議な連帯感が宿り、その瞬間ごとに「人と人は必ず分かり合える」と実感したものです。

5. 帰国して思うこと ― 養生訓と第二の人生に重ねて ―

四年間の中国での暮らしを終え、日本に帰国してまず感じたのは、「心の風景が変わった」ということでした。

中国では、言葉が通じなくても、笑顔ひとつで通じ合えることを何度も経験しました。

九江の町を歩いていた時、遠くから微笑みかけてくれた初老の男性がいました。近寄ってみると、なんと亡き父に瓜二つだったのです。言葉は通じませんでしたが、心の中でお互いに感じるものがあったのは間違いありません。

ここで出会った人々の優しさや、困難の中にもたくましく生きる姿が、私の心の奥に深く刻まれました。あの廬山の霧のように、静かに、しかし確かに私の人生を包み込んでくれたのです。

帰国後、改めて読み返したのが貝原益軒の『養生訓』でした。

そこには「怒らず、欲を抑え、心を平らかに保つことが長生きの道である」と書かれています。

まさに、廬山で見た東林寺の静けさ、西本願寺・虎渓之庭の静寂に通じるものがあります。

養生とは、単に身体を整えることではなく、心を澄ませて生きること。

 そして、それは自分の中に“もう一つの廬山”を持つことなのだと気づきました。

私はかつて心の病の暗闇にありました。何も見えず、何も聞こえず、ただ自分の中で苦しみ続ける日々でした。

けれども、あの九江の廬山や東林寺の空の下で、多くの人々の温かさに触れ、少しずつ心がほぐれていったのです。

廬山の“真面目”という言葉のように、人生もまた、一つの角度からでは見えない。

苦しみもまた、見方を変えれば、成長の糧になるのだと知りました。

帰国後は、養生訓をベースにした講演を行っています。

中国で学んだ「心を開く勇気」と「相手を思いやる優しさ」をお伝えしたく、活動を続けています。

※このレポートは講演の一部を抜粋したものです。転載・複製はご遠慮ください。

――あとがき――

中国の江西省、九江に四年間住んでおりました。窓の外には、廬山が見えます。あの山は、昔から多くの詩人が詩にした山です。李白も詠みました。
そして日本人に馴染みの深い杜甫も、この山を見ています。

杜甫に「春望」という詩があります。国破れて山河あり国は戦乱で荒れた。
しかし山や川はそのままある。九江に住んでいると、この言葉が実感として分かってきます。朝になると、廬山は黙ってそこにある。
季節が巡ると、山の色が変わる。人の人生はいろいろありますが、山は変わらない。

杜甫は人生の苦しい時期にこの詩を書きました。白頭掻けば更に短く渾べて簪に勝えざらんと欲す白髪をかけばますます短くなる。もう簪も挿せないほどだ。老いと不安の中にいた人です。けれど最初に「山河あり」と言う。九江で暮らしていると、この言葉がよく分かります。私自身も体調を崩し、仕事を失い、人生が止まった時期がありました。しかし歩き始めると、景色は変わる。廬山を見ていると人は回復していくものだと静かに思えるのです。養生訓にもありますが、人はゆっくり整っていく。

杜甫の詩は、絶望の詩ではなく、「冬は必ず、春となる」という静かな励ましだと感じています。

廬山の静けさが教えてくれた、第二の人生の歩き方 心を澄ませば、人生は何度でもやり直せる。 

九江での四年間は、私にとって“再出発の時間”でした。

言葉も文化も異なる中で、人の優しさや生命のたくましさに何度も心を打たれました。

廬山の霧に包まれた静けさは、いつしか私の心にも静寂をもたらしてくれました。

この体験があったからこそ、今の私の講演や養生訓への思いが生まれたのだと思います。

――人は、何歳からでも変われる。

そして、心をひらけば、どんな国の人とも通じ合える。

このレポートが、読まれる方の人生のどこかに、小さな光となって届くことを願っています。

                                                               香月恭弘

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